2006年4月9日〜5月16日

2006/4/9

とりあえず公開してみることにします。

ただし上に書いてある企画は全部テキトウだし、サイト名もテキトウ、ついでに言えば俺の 人生もテキトウだったと回顧せずにはいられなくなるほどテキトウなサイトです。思考時間ゼロから 生まれた結果ですが、強いて言うならば、ビチャビチャな大学ライフを送ってみたかったと いうフロイト的な無意識が影響したのでしょう。だからサイト名も、ビチャビチャサイトなんだと思います。

つまりまだ、全然サイトのコンテンツおよび名前は決まってないというのが本音です。 別にビチャビチャでもグチャグチャでも何でもよかった(人の注意を惹くために)。しかしリアルでは 入学式が目前に控えているので、かっこいいネクタイの結び方とか歩き方の研究で忙しく、なかなかサイト が公開できそうになかったので、 「これでも食らえ!」と土壇場になって腐ったおにぎりを投げ つけるようなフィーリングで、とりあえずの公開に踏み切ったというのがいままでの流れです。

サイトを作ってゆくにあたって、もともとのサイトポリシーである「旅立った人々に捧ぐ」というの を基本にしていこうかと思ってます。故郷を離れて暮らしている人は、いったいこの世に何人いるのでしょうか。 そんな人たちのために、優しいお袋の味のようなものを提供したいと思っています。

この18歳の男が、優しいお袋の味のようなものを提供したいと、ここに宣言しました。

2006/4/11

「中四国でいちばん郷愁をそそられる30を激写せよ」

と、天から野太い声がしたので、思わずカメラのシャッターを押してしまいました。


これなら天さん(以後こう呼びます)も納得してくれるだろうと自負しています。

2006/4/15

半分埋まっているので、ちょっと自信がないです。

と思っていたら、やっぱり怒られました。「やる気あるの?」だそうです。直球でした。

2006/4/17

万成病院、プラス20点、合計50点。

さらにゴルフクラブをスイングする男、プラス30点、合計80点。

「100点満点でいい」だって。ふいにハードルが下がって(主旨が変わって)きました。

2006/4/18

今日のみのる@(岡山商大〜明誠高校)

今日のみのるA(大安寺高校〜中山中学校)

大安寺駅の線路(大安寺高校〜大安寺駅)

みっつあわせて25円程度の郷愁なんだそうです(天の野郎のツボがわからん)

2006/4/24

 あえて20を撮ってみました(しかも途中で切れています)。しかし天の野郎には「70点」と言われたので、嬉しいような悲しいような気分になりました。

 これは僕が6年間乗っている、4万円もした自転車です。雨の日もいっしょ、風の日もいっしょ。 雷の日も。雲の日も。夕焼けの日も。朝霧の日も。夜も、朝も、昼も。学校のときも。 海でも山でも。町でも。本屋でも。下り(人生の)でも、上り(人生の)でも。いつでもどこでもいっしょでした。

寺のやね。

寺、なんのためにあるの?お布施、だれのためのもの?

寺、やね、△、なぜ?□でもいい、思う。×でも、いい。いかす、死語。

寺、鳥居、くぐる。寺、鳥居、くぐる、なぜ? あの世、行く、飛ぶ、落ちる。

 管理したいという思いと管理されたいという思いが、いっきに大きくなって、いてもたっても いられなくなって、夜の街へ飛び出して。気がついたらそこに立っていました。夜空がきれいなんて 思いませんでした。こんな、街灯と、叢と、鉄柵と、管理人部屋と、川と、建設中の橋に囲まれて、 夜空がきれいだって、だれが、どうして(自己愛に基づいた自己欺瞞でしょうか)思える?のですか。

古い木造の商店(かつては塩をまぶした、あつあつのレンガを売っていたらしい)です。

「おばちゃん、レンガちょうだい!」

「ごめんねえ、レンガもう品切れなの。」

「えー、じゃあひねりを加えたワサビある?」

「あんたそういう思って、ひねりを加えたワサビなら50本用意しとるがぁ。」

「あっ、ほんとに?それじゃあ2本ちょうだい。…あぁー、ありがとう!」

「おいしい?アツいから気をつけて食べなよ。」

「ハフハフ…豊かな香りと、山のマイナスイオンが口の中いっぱいに広がりますよ。」

「そうお?喜んでくれて、おばちゃん、吐瀉しそうなくらい嬉しいわあ。」

大手スーパーの攻勢で潰れちゃったらしいです。僕は胸が痛くなりました。

 高校時分、よく深夜の町を走っていたものです。いつでも、誰に襲われても大丈夫なように、 しっかりとした心構えで。こうきたら、こう。こうきたら、ああしようと。そんなある日の真夜中、 イヌを連れた女の人と出会いました。そして、踵をかえして逃げられました。僕が襲う人だったのです。

 「捨てるものなんて、もう俺には残っちゃいない!」

 と、失った恋のせいで心が空っぽになったひとりの人間が、山を越え、門をくぐり、 塀を登って、ふすまを開けたところに、捨てられた部品がありました。捨てられた部品は赤く錆びついていて、 まるでじぶんの流した血が、風にふれて乾いたかのようでした。そっと指先でふれてみると、それはポロポロと 剥がれ落ち、そのまま地面に落ち、液状化し、浸透し、大地に浄化されました。

2006/4/29

夜の商店街に響くのは、私の足音だけ。

風にあたって本を読んでみると、いつもより物語に入りこめた気がする。

窓からみえるモノたちは、みなカクカクとしていた。

もういちど行ってみたいとは、思わない。

2006/5/1

 集まるらしかったんすよ、御茶ノ水女子大の同窓生たちが。図書館に! 当然行ってみたいって思うじゃないすか。お茶碗になりたいって、思うじゃないすか。 国道32号線で叫びましたよ、僕のアソコに御茶ノ水を注いでくれって。ブリッジしながらね。

 御茶ノ水女子大の同窓生が、わざわざ、集まってくる。だけど、集まるのにも 名目がいりますよね。理由もないのに、打ち上げをしたって、何を打ち上げてるのって 言われたらそれまでじゃないですか。頑張っても「若さを」なんて返せないじゃないすか。 だって僕は、もう若くはない(恥)のですから。だから哲学を打ち上げた(粛々と)んすよ。

 当然そんなものを打ち上げちゃったから、ババアばっかり集まってきました。 何故かジジイも集まってきました。少数ですが中学2年生も集まってきたし、大学2年生も 集まってきたのです。あのガキ、「哲学をするより、学校の勉強をしたほうがいいですか?」なんて 言ってました。僕は「両方やめて、家の手伝いをしろ」と叫びたくなり、実際は黙ってました。 (数秒後に自分の浅はかな考えに恥じ入ることとなります)

 「哲学には意味はない」と御茶ノ水の先生はおっしゃってました。ただ、意味のない ものなんてあるのかって言いたかった。出世することばかりが例じゃない。誰かにとって意味があって、 誰かにとって意味がないって、どういう意味なんすか。いま水に飢えている砂漠の少女にとって、 ゲームボーイは意味がないとしても、ゲームボーイには意味があるに決まってるじゃないすか。 意味のないもので、どうやって遊ぶんすか!

 僕にとってモンゴル語は意味がないけれど、モンゴル語には意味がある。だから哲学にもきっと 意味はある。石ころにも、草にも、雲にも、山にも、ボタンにも、国という概念にも、腐った卵にも、 オロナミンCにも、そしてこのサイトにも。そうです、このサイトには 意味があるんすよ。たぶん多くの人にとっては、意味がないっていうだけでさ。

2006/5/2

 独りで映画館に行くのが夢だったので、気がつけば深夜の町を自転車で疾走していました。 すると駅から少し離れたあたりで、遠くから人の罵声が聞こえてきました。吸い寄せられるよ うに声のほうへ向かってゆくと、若い男7人と警察3人が入り乱れていて、パトカーの赤色灯が、 禍々しく交錯していました。僕は思わず尿が漏れそうになるのを必死にこらえました。遠巻きに野次馬 が、私は関係ないよというポーズを維持しつつ、実は興味津々な顔つきで立っています(僕もそのうちのひとりでした)。

 しかし20秒くらいみていると飽きて(慣れて)しまったため、当初の目的を完遂するために、喧騒の巷 を後にして、僕は商店街のほうへと向かっていくのですが、その時に、そのなかにいた若い 男の発した罵声がなぜか印象に残っています。

 その男は、何度も「俺も一般市民じゃろうがァ!?」と郷土弁で叫びました。 意味をすぐに汲み取ることは難しいかもしれませんが、おそらく警察の人に「一般市民の 迷惑になるから」などといわれてスイッチが入ったのではないかと思います。僕はその台詞を 聞いて、心の中の何かが冷めてゆくのをリアルに感じました。

2006/5/3

 「でっかい巨人が襲ってこなかった?」

 と僕は従兄妹とその母親に聞いたのですが、やはり笑われました。夢をみているとき、 そこにはみんながいたのに。従兄妹やその母親だけじゃない。僕の好きだった人(それが 本当なのかわからない)や、親友と呼べる人(それが誰だか思い出せない)、外国人の 女の子、それとどうしても思い出せない人達といっしょに、カウンターに座っていた気がします。 僕は彼らと戦い、光球を放ち、共に手にした勝利に震えたのに。

 しかし僕は、笑って否定されました。それは違う、と。夢だったのです。みんなと いっしょに眠っていた(小屋は違うが、同じ広場だった)ので、もしやと思ったのですが、 僕の幻想はたやすく壊れてしまいました。ずっといっしょにいると、いつのまにかいっしょ のような気持ちになってしまいますが、それは間違いだったのです。全ては儚い夢。

 気がつくと、僕は学校の廊下で、友達(何人かは知らない人だった)といっしょに記念 撮影をしていました。シャッターを切る瞬間、変な顔になっていた、と言う者があれば、何 度も撮りなおしをします。そうしているうちに教室のドアから、何人もの友達(完全に知らない人たち)が とびだしてきて、記念撮影に加わろうとするものだから、後ろのほうにいた僕は、みんなの 頭で隠れてしましそうになったので、うんと背伸びをしました。

 いつのまにか撮影は終わっていて、なすがままに人ごみに揉まれていると、友達のひとり (カウンターに 座っていた気がする)が、僕に何かを渡して(何だったかは思い出せない)きました。 そしてもうひとりの友達もやってきて、僕に前の友達と同じようなものを渡してきました。不意にもういっしょ にはいられないと悟った僕は、その意を伝えると、彼らは「仕方ないんだ」と悲しみが顔にでるをこらえようと 、歪んだ表情をして僕をみつめました。渡された何かは、たぶん形見だったんだ。僕は独りになりました。

 そして2人の男(友達か?)と歩いていると、不意に黄色の靴下が投げつけられてきました。 僕は片手でそれをキャッチすると、すぐさま投げつけられたほうに顔を向けました。すると3人の女の子が、にやにや した眼で僕のほうをみつめていて、そのうちのひとりは、僕のことが好きだった女の子であり、彼女の眼はとりわけ ずるそうな眼をしていることに気がつきました。すぐに彼女らは笑いだし、僕を馬鹿にしたくてしようがない とでも言わんばかりになりました。ただ、僕には上辺などどうでもよかったのです。

 「…ありがとう」

 僕は素直にそう言いました。そしてポケットにその黄色い靴下(この瞬間、それが毛糸でできたババアくさいものだ とわかった)をしまうと、彼女たちを残して歩き始めました。人ごみのなか、かすかに僕は「ドキッとした」 という彼女の声を耳にしました。でも僕は、本当は彼女のことが好きじゃなかった。罪悪感と素直な喜び(愛されている という)が混ざったような気持ちで、僕はまた、何か大切なことから逃げてしまいました。

 学校で生徒たちが大騒ぎをしたため、外国人の教師(白人)たちが、生徒の粛清に動き始めました。 首謀者は僕らしい。僕は皆に逃げろといわれ、阿鼻叫喚が校内に響き渡るなか、廊下を駆け、階段をのぼり、 体育倉庫の備品(鉄)の裏に身を隠しました。

 近くで聞こえる、教師(白人)たちの声。そして驚いたことに、僕を探す何人かの声は、僕の同級生 の声だったことに僕は気がつき、慄然としました。もうおしまいかな、と自嘲ぎみに思った僕は、これから 待ち受けるであろう運命に、不思議と素直な気持ちになれました。そのとき、不意に同級生の女の子(ハーフ のようだった)が僕のいるマットの隙間に顔をのぞけて、「大丈夫」、と小声で言ってきたので、僕はうろたえ ました。女の子は隙間に隠れている僕に背中を押し付けて、僕を匿おうというのです。

 彼女はシャツ一枚だったので、彼女の背中越しに体温が伝わってきて、僕は自分がじっとりと汗で濡れていく のを感じました。校内に喧騒がこだまするなか、彼女の動悸が僕の胸に優しく伝わってきました。ここだけが静かな世界だ。 僕は急に寂しくなりました。後ろからこの女の子をそっと抱きしめたい、そんな衝動に駆られました。しかし同時に、 僕は何もできないだろうという嫌な確信を、心の奥底で感じました。

 じきに彼女は捕らえられて、僕ひとりだけがここに残される予感に苦しみながら。

2006/5/7

 最近思うようになりました。人間って実は「袋」なんじゃないかって。

 とにかく、昔っから袋になんか詰め込んでさ、とにかく詰め込むことに熱中するの。 飽きもせずに熱中するわけ。お母さんのお腹からでてきて、そのうちどっかで死ぬまで熱中するわけ。 創造性の袋とか、孤独の袋とか、愛情(と人が思い込んでいる)の袋とか、自己顕示欲の 袋とか、性欲の袋とか?呼び方はいろいろあるけれど、実は全部いっしょ。それを胃袋なんて 呼ぶ人もいますが、呼称は人によってまちまちなんすよ。

 詰め込んではため息なんかついちゃってさ(ああ嫌ッ!)。当然「袋」には限界があって、いつか 口のほうからあふれ出たり、膜を突き破って滲みでたりするのに?ゲロみたいにぶちまけちゃう のに?とりもなおさず詰め込むことに熱中するの。人によってはかきだすわけ。 袋が満タンになったときのことが怖いから。いっぱいになったら、馬鹿みたいな顔になるのが怖いから。 お腹いっぱいに美食を楽しんだあとに、喉に指をいれて吐きだすんすよ。汗だくになりつつも薄笑いを浮かべて、 汚物にまみれながら。

 それで袋が空になってくるとさ、焦燥とか不安とかで頭がワァーッてなって、すごい勢い で活動を始める(袋を満たすために)んすね。夕方あたりになると、窓の外なんかをボーッとみてさ、眼ぇ真っ赤に しちゃったり。生きてることの意味とか、恋のこととか考えちゃったり。世界はわたしの気分次第で変わる(!)なんて思ったりなんかして。

 実際、機械すよ。機械。この輪廻から逃れられたとき、ヒトは神の領域に到達できるのかとか、 そういう想像をしてきたことがあった(歴史的にみて)ような感じがしますけど、実際逃れられた人はいない んじゃないすか。逃れられたような気がしただけで。

 そこで誰もが思い至るはずです、死んだら「袋」は どうなっちゃうのかなって。死んだら袋の形をとどめていることはできないから、 やっぱ中身をぶちまけて、どうしても無様になってしまうんですよね。例えどんな美人でも(小野小町とかでも)終わりは同じ。

 そんなとき、悲しいかな、思うんじゃないすか?誰かに中身を受けとって欲しいって。いずれ(1000年後かも しれない)どこかで(アスファルトの上とか?)それが全部ぶちまけられることを薄 々感じながら。自分の存在が消えてゆく瞬間(最高に自己中心的な瞬間)に。誰かー、誰かー、受けとってー、受けとってー (と口にはださないが)。

2006/5/10

 友達との長い電話に、少し疲れました。物理的には、彼らと僕との距離は遠く離れて いるのに、電話やメールは、その距離をひといきに無に帰してしまいますから、僕はあまり これらの利器が好きではありません。離れているからこそ、近くにいたころにはできなかったような、 精神的な付き合いができることもあるかと思いますが、あの電子機器は、その機会を台無しに してしまったような気がします。離れている間に、お互いの間に生まれる微妙な変化が、 結構な頻度で報告されてくるのが実に苛立たしいです。

 僕は小中高大と、ずっと同じ県内(地方)に留まっているので、高校時代の友達に 「独立すること」の講釈をされることがよくあります。要するに、地元に留まっているやつは、 独立心が涵養されないというわけです。しかもそういう講釈をたれてくる人に限って、自分の喋り に加わった新たな訛りを誇るようなところがあり、地元に居続ける人間にとっては、反応に困る ところでもあります。とりあえず、すみません、と。

 友達のこととか、部活のこととか、恋愛のこととか?割とねほりはほり聞いてくる(自分の 精神安定剤のために)感じの友達 と話していると、「もうほっといてくれよ」という気分になってしまって、「あっ、 俺はいけねえなあ」と我に返ることがあります。僕の感覚がおかしいのかもしれませんが、こうした話は直接会って話したい、 もしくは、もっと後(数ヵ月後)に話したいものです。メールや電話のようなもので気軽に話すことに、嫌悪感があり ます。だから僕は、「友達とはよろしくやってるし、部活は楽しい、恋愛は、いまいっさいの興味 がない」と答えておきましたが、それでも一時間以上話が続くというのは、辛いものがありました。 僕は何をやっているんだろう、とすら思いました。

 僕はもっと後に会いたいのです。もっと後に会って、お互いにおきた変化について、 素直な驚きに満たされたいのです。少し疲れているのかもしれませんね。たまさかに実家に帰って、 久々にパソコンに触ろうと思ってウキウキしていた矢先のことでしたし、これを書いている 時点で午前2時近いですから、無理もないのかもしれません。

2006/5/13

流して積んで休んで固めて塗ってそれで?それで?それで?

それでそれでそれでそれでそれでそれで?

いやあー、ある思ってた、絶対ある思ってた、レンガほれ、これ、ほれ、なあ

うぉい!君!酔ったみたいだ、酩酊?うぇぇええぇえぇぇあおお

ウえええおえおいいえええれろれれろれおれろれろれろれろ

吐いたらすっきりした 心のそこまですっきりした けど また くそぉ

グボぉおおおおおおおおええらあおえろあろおおおぉおぶ

だめ 飲みすぎ いっきだめ 部活だめ 部活の先輩だめ こんの カス ゲロ野郎

バットで頭殴って 脳漿ぶちまけて 後悔して 口笛ふいて 寝て 起きて 苦しむ

うえっ うぇええあぇっ 吐き気が また ヴぇあっ まだ うっ 記憶が… ひぁ

ピチョン ポチョン ピチャン ポチャン ポタッ パチョン

サアッ、サアーッ、パァァァァッ、燦々、キラキラ、スァァァァッ

ザワザワ ザワザワ シゲシゲ シゲシゲ ポロッ ポトッ コロコロ

死ぬる。顔ニ死塗る。ちょっとした自発的意思で死ぬる。ちょっとした あ

練炭くれ練炭くれ練炭くれ練炭くれ ところで練炭って何

煙すってぇ 気管ヲォ おもいっきり 肺袋ふくらましィ ヒダヒダが吸いとるぅ

すぅうううううう

ピチョン ポチョン ピチャン ポチャン ポタッ パチョン バタッ

ああ生きてる 生きてる 水飲んだら生きかえる おいしい おいしいっ 生きてるッ

だあれがいた だあれがいた ふーりかえって 正面

うしろのしょうめん しょうめんのうしろ (牛路の傷面 小便の莚)

はーい 籠手面 籠手面 籠手面 籠手面 籠手面 籠手面 籠手面んー

はいこれ剣道これ剣道これ剣道これ剣道 はい次ぃ 

矢 保 嬰 矢 保 嬰 矢 保 嬰 矢 保 嬰 (これ掛け声 これ掛け声)

師範 しはーん もう失敗したくないぃ ぼく怒られたくないぃ

秘密特訓しようかな 秘密特訓しようかな

僕だけの技 僕だけの動き 僕だけの躍動 感動 痺れる

天までのぼれ 天までのぼれ 果てしなく 赤くのぼれ 果てしなく

折り紙のように 折り紙のように いけ のぼれ 僕のはじまりの日へ のぼれ

渦をまけ 渦を巻け 上昇気流にのれ 果てしなく 天までのぼれ 折り紙のように

受信電波発信送信前身後退発射了解

虫になれ、虫の羽になれ、震えろ、響け、広がれ、拡散せよ、

夏の夜 虫になれ アイスなめろ 冷えろ 痺れろ よだれだせ とばせ 飲み込め

帰るな 戻るな 散れ 暗闇に溶けろ 夜に溶けろ 夏に溶けろ 染み込め 広がれ

夏にそなえよ 虫の弟子となれ 緑いろの汁のめ 咀嚼して ためいきつけ

歯ぁきーんゆわせ たたみにこぼしたコーラ味わえ 夏のにおいを体で感じろ

足のにおいかげ 雨上がりの道路のにおいかげ へどろを指でこすったにおいかげ

はしって疲れろ 疲れて寝転べ 縁側へ寝転べ スイカくえ 種かめ 嫌なおもいしろ

麦藁帽子からこぼれる太陽の光をよろこべ 物置の塵埃の空気すいこめ 汗なめろ

蜃気楼におぼれろ こおりみずのめ 腕まくりしろ 足をすりむけ 泣け 徹夜で遊べ

笑え 心の底から 己ひっくりかえるまで 朝ねむり 永遠の夜 羽音 蚊取り線香

2006/5/16

 「俺の代わりに出席お願い!(^^)」

 つまり、講義にはでないが、出席点だけは欲しい、どんな手を使ってでも、ということです。 出席の確認方法は「○○さん」「はい」だけだから、友達の代わりに「はい」と言えばいいと いうのですが、そんなことを頼まれた友人よ、もっと早い段階で諌めてやろうという気は起こらな かったのか。もっとも、もし僕が友人の立場だったら、好奇心で加担しているでしょうが。 単調な大学ライフには、ピリ辛スパイスが必要なのです。

 「○○くーん」「はーい」「○○くーん」「はいっ」…微妙に声色を変えるあたりが悪です。 ゲロ以下の臭いがプンプンしましたが、先生は何も気付いてないようでした。してやったり、みたいな 顔をしてこっちをみてくる友人。しかし、すぐにその笑顔は歪み、不細工な顔(脂汗が噴出してきて) に変形しました。なんと先生が席をまわって、先週集めたレポートを、じきじきに本人のところにでむいて返却しようと いうのです。当然、休んでいるやつのレポートを、友人が受け取れば、確実にバレます。 先生はキレやすい。バレたら即、単位を落とすことは確実。いったいどうするんだ、浅はかな友人よ。

 結局、友人は単位を落とさずにすみました。なぜなら僕が休んでいるやつになりすましたからです。 僕のレポート?いや、僕はレポートを提出していなかったのです(サボっていた)。土壇場で、僕が 助け舟をだすと、友人は蜘蛛の糸を登ろうとする罪人のような顔になりました。必死だったのです。 もっと生きたかったのです。僕は、そんな友人を助けました(不正な手段で)。しかし考えてみれば、 レポートを提出していない人が、レポートを提出している人たち(休んでいるやつを含めて)を助ける のは、構図として間違ってはいないか。これではますます、彼らと僕との差が開くことでしょう。 不正な連中は、正義の鉄槌によって、粉微塵に粉砕されるべきだったのではないでしょうか。 出席せざるもの、不正はたらくものは、単位を落として辛い思いをするべきでは?

 しかし僕は助けた。何のために?友達のため?違うね。何かわかりませんが、僕はとにかく助けて しまいました。たぶん自分のために。まわりまわって自分のために。本当の意味でのお人よしなんて、果して この世に何人いることやら。僕の、心の底は、じつに、黒く、汚れている。世間の人レベルのように汚れている。 僕は世間の人たちとは同じでないと信じたかったのです。ただ、本当はいつも自分のなかにあります。見た目はど うあれ、自分のことは自分がいちばんよく知っています。いまはいいんです。バレなければいい(たぶん、これから バレることもないと思う)。しかし、バレない保障はない。いつかバレるかもしれない。もしかすると、結婚した 相手の人にバレるかもしれません。そしたら全部、抱擁してくれるかなあ?なーんて、また汚れたことを考えている。

 小さな頃は、自分が他人とは違う、なんて思い込んでてさ。その考えこそが間違っていると考えるようにな るのは、いったいいつなのでしょうか。そのときが遅くなればなるほど、抜きんでた能力を手にすることができる 可能性が高まるとはいえです。失うものは大きいです、実際。普通の人と違うことをやろうとするのには、 とてもエネルギーがいりますから。しかし、人はエネルギーを浪費するために生きているのも事実です。

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