2006/5/31 #3
理想のステータスを獲得するために、今日という日を精一杯生きてみた。
いつもより3時間早起きし、7時半までには歯磨き、寝癖梳き、朝飯の全ての難関を 30分でクリアし、外の世界へと飛び出した。真っ白なTシャツ、腰巻きジャージ、リボンつき の麦わら帽子という夏本番ないでたちで、ネコ車を押して颯爽と近所を駆けまわる。到着した 先には、広い広い畑だ。じいちゃんに託された任務は、たまねぎ100個を回収することだ。 照りつける太陽、高校生の登校姿!かけまわる(うちの)犬!イイ!
「おはようございます…!」
おずおずと挨拶してくれる女子高生、イイ!思わずアガペーとかイデアとかが暴走しそうになったぜ。 俺は刈る!タマネギを。略してタマを!貴様らの全てをむしりとって、鎌でバスバス刈ってやるぜって気分だ! こいつらを長屋の軒下にぶらさげて、朝の任務は終わる。手をタマ臭くして任務を終えると、急いで風呂に入り次のステップに移る。
次なる目標は憲法の勉強。水曜日は高校時代の友達を呼んで、図書館で勉強会を開くことにしていたのだ。 刑罰権、国民主権の限界の論点で盛り上がる。盛り上がりすぎて、おっさんに注意される。俺、すかさず謝る。 友達、すかさず毒づく。友達の言い分にも、いちぶ正当性は認められると思う。その後ラーメンを食う。 調子にのって餃子も注文。帰りにガリガリ君を購入。楽しく美味しい会合を終え、次のステップへ移る。
いそいで道場へゆき、みんなに挨拶。少し遅れてしまったので、掃除は全て終わっていた。棒振り300回、 その他の技ウン100回、型をやる。喉が渇いたので、アクエリアスと温州みかんジュースを購入。休憩時間中、 図書館で借りた「へんないきもの」を出すと盛り上がる。すかさず歯学部の友達が肝臓障害の本を出すが、意味わからず。 変な細胞の写真がたくさん載っていた。後半は居合いの練習。俺は特に苦手なので、先輩の熱のこもった指導を受け、ちょっとクラクラ(脱水症状だったような気が)した。
理想のステータスにより近づきたいという思いがこの日ピークに達したので、残って友達と居合いの練習をしてみる。 友達(上手い)は、剣を振るうと「ヒュンヒュン」というのに、俺が振るうと「ヒョヒョ」と聞こえる。力は俺のほうが あるから、どうやら腕力ではないらしい。主将にアドバイスもらいながら何度も振っていると、なんかコツがつかめたような 気がしたが、実は気のせいだったり、そう思うと急に「ヒュンヒュン」といったりして、時間が過ぎた。夜は友人と部室で語る。 ある友人には血の気の多かった過去を、ある友達には辛かった過去をカミングアウトされる。やたらと濃ゆい時間であった。
(俺の過去は実に穏やかだったことを思うと、畜生(わあ)!と言いたくなった。)
■ 本日のステータス
正義:32→87/100
情熱:34→77/100
知性:43→62/100
ひとにぎりの勇気:70→70/100
アガペー:3→49/100 (不覚ながら)
エロース:78→32/100
部室での時間が、アガペー増幅に一役かったみたいだ。あと体を動かしていると、エロースはあまり増えないらしい。 知性はまだまだといったところか。ひとにぎりの勇気は、図書館のおっさんに謝ったぶん。正義は、武道をやっていれば自然と 身につく。
2006/6/2
昨日は新入生ふたりで、道場にまで電車で足を運んだ。街中から風景を一変、大好きな田園風景に ため息がもれる。しかし蚊も多いので、違う種類のため息ももれる。道場をみた第一印象は「小さっ!」 のひと言に尽きる。大学の武道場の半分くらいしかない感じだ。でも、武具の数は圧倒的だったので、本場 だという感じに圧倒された。
今年は門人の方がたくさん入られたそうで、俺が行ったときは空手やってた人と、アメフトやってた というムキムキの他大学の人がいた。我々新入生はヒョロヒョロなので、正直「大丈夫か!?」という感じ だったが、案の定、大丈夫なんかじゃなかった。棒と柔術をやったのだが、実感として筋細胞がブチブチと 死んでいくのがわかった。
本当に腕が動かなくなるのである。これ以上、肩が上がらないよと。畜生と思って、汗ダラダラになり ながら棒を振り続けていくと、段々と型が崩れ、棒に威力がなくなってゆく。相手と棒がぶつかる。焦る。木剣 の素振りをするころには、もう腕に力が入らなかったので、なんとも情けなかった。もっと強くなりたい!と心から思った瞬間だ!
終わったら茶を飲む。先輩の茶を入れたり、入れられたり、ホントにホッとした。そして、最高に清々しい と感じた。我々は正のオーラに包まれているぞと!その頃には夜の11時を過ぎていたけど、夜の静けさが余計にそう感じさせた。 俺、生きてる!美しい地球に生きてる!と実感した。神棚の隣に掲げられた、先代の写真と目が合う。ありがとうございます、 と謙虚な言葉をかけたくなる。欺瞞ではない、自然と発せられる心の作用!これこそが「礼」であると感じた。そしてまた、 最高に清々しいと改めて思った。
終わったらばラーメン。先輩のおごりでラーメン。んまい!と思った。今この時、何を食ってもうまい!って 言うだろうなと思った。嫌いなラッキョウ食べても、うまい!って言ってしまう可能性があるだろうなとすら思った。 俺もバイトして、後輩におごりたい、心から。そして食い終わってケータイを開くと、大学の武道場にいた友達から、 新たに3人の新入生が入部したとの旨のメールがあった。先輩の喜びもひとしおだ。これで独りだった女子にも、新たに 3人もの仲間ができるのだ。こんな素晴らしいことってないぜ!それに、同期は理系の人ばかりだったのが、彼女ら みな文系だってんだから!
2006/6/4
パソコン様に命が宿りましただ。オラ、ずっとこの日を夢見てただ。高校ん頃から、ずっとお祈りしてただ。 どこが壊れてんだ、いったい何が悪いんだ、はやくご機嫌直してくんろって。んだども、ちっとも直る気配はねがった。 オラ、癇癪おこしちまって、もうこいつのことなんて知らねえだって、ずっとお祈り放擲してた時期もあっただ。 それが、やっと直っただ。ずっと「system failed CPU test」と喋ってやがったこいつが、やっと画面にモノを 映すようになっただ。今日の飯は赤飯にするべさ、なっ!あっはははは。
たくさんの無駄なパーツを購入したため、無駄に「ひとにぎりの勇気」ゲージが上昇したところで、近況報告 といたします。日曜日ともなれば、レポートや宿題の類がわんさとたまってて、実にイヤになる。基本的に日本語以外 の学習は好きじゃないから、大学では外国語の副教科はとってないんだけど、それでも英語との腐れ縁は未だに続いてる。 俺がとってるのは英語のなかでも細々とした作業が要求される「検定」というヤツで、ほぼ毎回のように小レポートを 要求されるため、実に不愉快だ!しかもこのレポートというヤツは、いちいちwordなんか使ってチマチマと 地味な作業を要求されるから、精神的におかしくなっちまうときた。だから今、精神的におかしくなっちまってるだ。
あらかじめ宿題なんて済ませておけば良いものを、直前まで延ばし延ばしにしてしまうのは、俺の昔からの悪癖で あると同時に、日本の10代の普遍的な悩みだと思う。また明日の講義は睡眠欲との戦いになるんだろうなって思うと、 クソッタレ!と山に向かって叫びたくなる。しかしこれは自分が悪いし、受験期のような緊張感がないことからして当然だ。 単位なんて、一般教養なんて、講義なんてどうでもよくなってくる!つかあれなんだけどさ。正直飽きてきた! あっはは!飽きを感じてきたんだよ、学校に。もう部活にしか楽しみを見出せないっつうかさ、どうせこんな感情、いっとき のものにすぎないんだってことは、いままでの経験から十分理解してるよ?ただ、この「目的の無い状態」の辛さっていうのは、 本当に耐えられないな!これも経験済みなんだけど。
どうして人は、同じ過ちを繰り返すのでしょうか。あのとき「もう二度と」って誓ったことを守れないってのは、 いったいどういうことなん?例えば、大学に入ったら勉強しようって思う。なぜなら、弁護士かなんかになりたいから。 そのためには、講義にしっかりでて、単位とって、家でも法律やなんかの基本書を読んだりしなくちゃならない。その ための時間を空ける必要がある。そのためには、生活リズムを崩してはならない。精神的にまいってしまうような要素を、 次々と潰していかなければならない。なぜなら、嫌なことは積み重なるから。積み重なった嫌なことをみるにつけて、 目的達成の困難さを思って、体が重くなり、成果もでなくなるというスパイラルに陥るから。でも現実では、生活リズムは 崩れっぱなしで、宿題もためてるし、勉強する事柄もためてる。予備校の宿題も。そして気が重くなる。 行動意欲なくす。そして、いずれ自殺だものな。
でもやっぱ、自殺はいけないだろ!自殺は負けだろ。自分の脳に対する負けだぜ。哲学的に言えば、世界 は認識なんだからさ。考え方によっちゃ、どうにでもなるわけよ。そういう意味では、現実は夢と同じ。ハッと 覚醒したときには、それまでの世界は夢の世界だったってなこと、よくあるもんな。それと同じで、現実なんて 人間の夢の数だけあるんだよ。小さい頃、サラリーマンにだきゃなりたくねえだの言って、あたかもサラリーマン は現実に苦しんでる存在であるかのように、心のどこかで貶めてたよな。でも、そのサラリーマンにも夢はある わけで。というか、そのサラリーマンだけの夢の世界があるわけで。もしかすると、その夢は俺の夢なんかよりも よっぽど楽しかったりするんだけど、確かめる方法なんてないからな。結局は永遠にわからない命題なんだけど、 とにかく自分の夢を自らの手で終わらせるのはしょっぱすぎるぜ。同じ夢なんて、二度とみれないぜ!現世は夢だよ。 夢のように生きろよ。夢のように生きて、目覚めるが如く死ねってば。そう思えば、ちょっとは肩の重みが楽になるんではないのかい?
まあ、一時的に肯定しよう。いままでの生き方を肯定してやろうじゃないか。目標を立てたあの日に、気持ちだけ は逆戻りだ。現実は進んじゃってるけどな。俺のはじまりの日へ戻るんだよ。気持ちだけ。認識を変えるんだ、世界に対する。 そしたら力がわいてくるから。内から力がわいてくるから。同じところに立ってても、世界は変わってるんだから。 こころなしか、水がおいしく感じるから、肌がツヤツヤしてるような気がするから。鏡にうつった自分が、誇らしげな顔で 貴様を見ているぞ。力こぶつくってみろよ、それはお前が男だってことだよ。股座(またぐら)開いてみろよ、お前、男だろう? ちょっと叫んでみようや、土手で。ヌートリア驚かしてやれよ、お前の「曳!」で。窓から冷たい夜気が 流れてくるんだろう?だったら出ろよ、外。虫たちの弟子になれよ。弟子になって、月をみてみろよ。それは今までの 月じゃない、新しいお前の月だよ。お前の!
2006/6/8
膝がぶっ壊れそうな感じで、痛みが蓄積してる。武道の動きは基本的に、ほとんどの動作に腰が 入ってるから、必然的に膝にかかる負担が大きい。ほぼ毎日「矢ァ!」とか「保ォ!」とか「曳ッ!」とか いいながら棒を振っているから、階段を登るのすら地味に痛い。でもそうした痛みを感じる度に、この緑の地球 (アース)に生きてることに対して感謝の念を覚えるので、精神的なものが肉体の痛みを忘れさせてくれるのである。
以下は、ここ最近の出来事を記しておきます。
昨日は大学祭の模擬店の場所取りのために、夜の12時から2時まで(俺の役割)場所取りをしなくちゃならなかった。 道場から寝袋を用意していったのだけど、同伴していた先輩と話をしていたら、眠さが吹っ飛んでいたので座布団 のようにして使うことに。そのうち、上の先輩方が酒とツマミを持ってきてくれた。わあわあと談笑などをして 任務完了。酒の効果で眠たくて仕様がなかったので、簡単に体を拭いて就寝する。
そして本日は高校の友達への憲法を教える日。もともと場所取りのせいでほとんど資料を作れなかったのだけど、 資料以上に頭の中で覚えていた判例が役に立った。図書館が閉まっていたので、友達の家へ。すごい高級そうなマンション でビックリした。すごい高級そうなマンションだったが、昼飯は冷凍食品のちゃんぽんめんだった所で親近感がわいた。 俺もどん兵衛が大好きだから。教えた内容は国民主権の「主権」についてと、信教の自由について。 恐らく彼は東大に合格するだろうと思われるため、今から負けないように勉強しておかないといけないな、と思ったことを付け加えておく。
午後は部活。やっぱ棒だったが、今日は苦手な刀だった。相変わらず先輩の指導を受けまくる。ひとつひとつの 動作はできてるから、自信を持って振れと言われて、ちょっと嬉しかった。練習が終わって自主錬をするときに、初めて 袴をはかせてもらった。袴ありで刀をさすとズルッと下に落ちないし、なによりもルックスが小便漏れそうなくらい バリバリ伝説(格好良い)なので、本当は下手糞なのに上手くなったかのような錯覚の効果が得られた。今日の俺は、ちょっぴり 居合いが好きになれたような気がする。
帰りは同期のメンバー数人で学食を食って帰る。パソコン(まだ実家にある)での作業のため実家に帰らなければ ならなかったが、下宿に洗濯物を干していることを思い出し、最近よくいっしょに帰る友達をちょっとだけ下宿に招待する。 下宿をでるとその友達が俺に、「こんなに気軽に女の子を家に呼んだら、勘違いされるよ。」と言われた。「他の女子を呼んじゃだめ。」 と。そういえば高校の頃の初恋以来、すっかり鈍感になってたなと思う。その「他の女子」というのは、最近入部してきた 同期の人達のことだ。
二人は法学部で俺と同じで、もう一人は文学部の人。法学部の方は今日入部してきた人で、自己紹介したばかりなので、 まだあまりよく知らない。文学部の人は遠く沖縄から来た人で、なんと薙刀をやっていたのだとか!ちょっとオドオドしてて、 内気な人みたいだけど、良い人なんだなあというオーラが放出されてる感じ。やっぱり武道経験者は澄み渡っているモノがある みたいだ。ざっとそういう人たちなんだけど、家に呼んだその友達が、俺のことをよく理解してくれているとわかったので、「おっ!」と思った。
俺はひとりの人が好きになったら、その人の目をそらすようになる変な人間だ。しかもその友達が後で言っていたことに、 俺は「やさしい」らしい。だから相手が勘違いするんだって言われた。でも俺自身は無邪気なので、そういう気持ちはない。そういうことが 高校時代にもあって、とても微妙な思い出である。「私は全然だから、安心して。」と笑いながらその友達には言われたのだけれど、 こういう友達ができて良かったと素直に思った。もう大学生になったのだから、そういうところ、もっと敏感になっていきたい。
2006/6/9
例の友達が「頼みがある」というので何かと思うと、「私の代わりに原稿を出してくれ」という のである。なんだ原稿って。「コインランドリーの忘れ物箱においてある」とメールが来たので、当日 コインランドリーに行くと、たしかに茶色い封筒が置いてあった。
なんか「少年ガンガン」とか書いてあったので、正直のところ、郵便局に持っていくのがちょっと恥ずかしかった。 というかなんなんだろう、うちの部活にはちょっと変わった才能を持った人が多いなって改めて思った。 モネとかと同じくらい絵が上手い人とか。
昨日は中学の時にお世話になった塾に挨拶しに、アメ袋を持ってかつてのメンバーで集まった。 うちの塾は変わっていて、問題を間違えたりすると「いちマッチョ」と称して腕立て伏せをするという 慣わしがあった。「にマッチョ」で20回。我々の代は男ばかりだったので、10マッチョくらいやってた 時もあった。そしてテストで先輩の過去最低点を更新したりすると、アメの袋を寄付しなければならない。 寄付したアメは、授業の前半と後半の間の休憩に舐めるという、これまた自給自足的な報奨制度であった。
だから、シャレでアメ袋をみんなでもっていって、後輩たちに寄付したのだ。
久々に会った先生は相変わらず健在で、嬉しそうだった。12時すぎまで話し込んで、「土曜日だったら もっと気楽に話せるんじゃけどなあ」などと言いつつ、良い余韻を保ちつつ散会。今度、塾のメンバーみんなで 集まって、飲みに行くことになりましたとさ。
2006/6/10
中間試験の時期になりつつある。よって昨日は一般教養の(簡単な)刑法の小論文 があったわけだが、この授業は条文の内容というよりは、むしろ刑法の歴史そのものを勉強する感じ。 だいたい刑法の考えには大まかに分けて二つあって、ひとつは責任に応じた罪が問われる「応報刑論」 と、罪刑を決めるのに犯罪抑止などの目的を付与する「目的刑論」がある。簡単に歴史を概括すると、 18世紀以後、目的刑の罪刑法定主義を唱え死刑に反対したのがベッカリーアで、フォイエルバッハは 犯罪の苦痛が犯罪で得られる快楽を上回った時、犯罪は抑止されるという心理強制説を唱えた。これは ベンサムの唱えた功利主義の考えをもとにしており、彼は「人間は利益を追求する生き物である」とみた。 それから時代が進むと、人は何かの目的によって罰せられるべきではないとしたカントが出現し、同じく ヘーゲルは「犯罪は法の否定であり、刑罰はその否定の否定である」という弁証法によって、人間の自由意志 の存在を根拠に、応報刑論を唱えた。因みに応報刑論の元祖はヘーゲルである。そして近年では少年犯罪の 増加によって、日本でも自由意志の限界がさかんに論じられるようになったと。
小論文の内容は、日本の自由形の理想を述べよ(略)というようなアバウトすぎるものだったが、 大学の先生は理論好きだから、特に「死刑制度」について論じてみた。まずは応報刑と目的刑の短所長所 を比較し、それを日本の刑法にあてはめて問題点をあぶりだす。そしてそれぞれの長所をもった日本の相互的 応報刑論に一定の評価をした上で、論点をいっきに死刑制度に持ってゆく。普通に論理を通そうと思ったら、誰でも 死刑制度は反対にもっていかざるをえないところを、あえて賛成と書く自爆加減は、実に爽快愉快だった。 例えば強力な死刑反対のネタとしては、日本国憲法は残虐刑を禁止していることとか、事実誤認による死刑は とりかえしがつかないこと、死刑による応報はもともと社会契約に含まれないといったものがあるが、事実誤認に よる死刑はとりかえしがつかないこと以外は、なんとか説得力のある批判ができたと思う。
俺は手書きがとても遅いので、時間いっぱいまで解答用紙を埋めようとした。高校受験の時みたいに、 終了の合図があっても無視して書き続けた。そしたら先生に「ペンを置いてください…ペンをおーいーてーくー だーさーいー!」と女性特有のヒスっぽい大声で二回も同じことを言われ、完全に自分が悪いのを棚にあげて「クソババア!」 と叫びたくなった。時間にルーズなお前がいっつも講義に遅刻してくるロスタイムをくれと。
だいいち、なんだよ「日本の理想の自由刑」って。お前はどうなんだよ。それ講義で言ってないだろ。 なんならお前の私見くらい述べろや。それと死刑廃止論者か、死刑存続論者か、生徒にばっか手ぇ挙げさせないで、 お前も堂々と意見表明しろよ。それになんだ、喘息であばら骨折ったって。あばら骨折って休講って…うれしかったよ! 先生、ありがとう!嬉しかったよ!あーりーがーとーうー!イイイイイー!あー馬鹿らし。
2006/6/16
今日はいつもビチャビチャサイトを見に来てくれている10人くらいの人に「有難う!」と 大声で叫びたい気分だ。久々のビチャビチャサイトなのだから。僕は書き続けるよ。この10人のために。 この腐った世界に舞い降りた、白い服を着た天使様のために。天使様、貴方たちはいったい何処に住んでいるのですか。 貴方たちは普段どのようなことを想い、そして悩み、笑うのでしょうか。僕は知りたい、貴方たちのことを。 できれば添い寝したい、フカフカの羽毛布団で。腕枕してあげたい、時にはされたい。僕は大好きだ、貴方たちのことが。 文章を通してしか関係をもてないけど――しかも僕からの一方的なメッセージにすぎないが――僕はそんな関係も 良いものだと感じています。
近頃雨が降るようになってからというもの、何かと不便を感じております。布傘は盗られるわ、 お陰でずぶ濡れになるわで、もうさんざん。柔道着を着ても一瞬で濡れ雑巾のようになるし、何だか湿気て 息苦しい。この時期レポートやらなんやかんやで忙しくって、友達は過労で演習を休む始末。困ったことに、 彼は精神のほうも患っているときた。梅雨は人の心を暗くする。そんななか、僕は太陽を探し続けている。 心の太陽を。僕は心の太陽が欲しい。燦々と照る太陽。僕は自然になりたい。雑草でもいい。願わくば、 光合成をさせてくれ。無限の愛を感じたいのです。僕は飢えているのです、愛に。
太陽を探して歩き続ける。夜中でも探します、太陽を。時には寝不足になります。昼まで眠ります。 探して探して、馬鹿になりたい。馬鹿になりたい、ゆえに部活をする。僕は空手をやっておけばよかった と思った。なぜなら空手をやっていた先輩を殴っても、殆ど効かなかったから、僕はその強さに憧れた。 僕の武器は右足のローキックだ。地味だけど、誰もが「痛い」という。武器にしろと言われたから、武器に することにしました。さあ、だんだんと馬鹿になってきました。もうすこしで、僕は太陽を見つけられそうです。 太陽をみつけることができたら、天使さま、皆で日向ぼっこをしましょう。草原がいいな。なだらかな斜面がいい。 腕枕させてください、時にはしてください。そこで歌いましょう。空気をいっぱいに吸って、歌いましょう。 僕には夢がある、心の太陽。
知りたい、天子さま、貴方たちのいろんなこと。どこに住んでいるのですか、なぜここにいるの。 僕、逝っていいですか。嫌な顔をされないかと内心不安です。そんな不安を押し殺して、僕は笑います。 ぎこちない笑み。いいことです、笑うこと。笑みは太陽に似ている。心の太陽を表す鏡のようなものです。 泣かないで下さい、できればみんな笑っていて欲しいから。泣かないで下さい、もらい泣きしてしまいそうです。 もらい泣き、共感していいですか。僕は共感したい、想いを共有したいのです。入り込みたい、心の襞に。 襞のなかで眠りたい、桃色の優しい世界で。流されたい、涙といっしょに。乾きたい、空へ。落ちたい、雨として。 吸収されたい、養分として。そして、太陽の光浴びたい。体いっぱい浴びて、水も浴びたい。天使さまといっしょに。 皆と!いっしょに!